GaN基板(窒化ガリウム基板)完全ガイド──特性から製造プロセスまで総まとめ
2025年6月19日

もっと小さく、もっと高性能にな電子機器を作りたい——
そんなニーズを実現する材料のひとつとして、GaN基板(窒化ガリウム基板 または ガリウムナイトライド基板)が注目されています。
長らく半導体=シリコンという図式が続いてきましたが、近ごろは電源回路や高速通信機器、光デバイスの現場でGaN基板が不可欠な存在となってきています。
本記事では “GaN基板とは何か” という基本から、製造プロセスや活用のポイントなどについて解説しています。
開発や設計に携わるエンジニアはもちろん、新しい市場や技術に関心のある方にとっても、役に立つ情報を豊富にご紹介しています。
GaN基板(窒化ガリウム基板)とは──基本概念と重要性
GaN基板は、ガリウムと窒素が結び付いた結晶から成るワイドバンドギャップ半導体の土台となるウェハです。
従来のシリコンでは抑え切れなくなった発熱や高耐圧といった課題をクリアできる材料として活躍し、バンドギャップが広いことで絶縁破壊電界が高く、スイッチング損失を抑えられる点も評価されています。
過酷な温度環境下でも安定動作が期待できることから、航空宇宙や車載パワーモジュールの分野でも採用が加速しています。
さらに、システムの小型化やバッテリーの軽量化を同時に実現できる材料ということで、サステナブル社会に不可欠な要素技術として存在感を増しています。
GaN基板が注目される理由

複数の産業で「効率」「サイズ」「耐環境性」の限界が露呈し始めた今、材料側からブレークスルーを図る動きが活発です。
特に再生エネやEV、5G通信といった成長市場は、シリコンでは吸収しきれない熱・周波数・耐圧の壁が存在します。
GaN基板はこれらの課題を同時に緩和できるため、デバイスメーカーやシステムインテグレーターが注目し導入しています。
また、国際的な脱炭素政策やサプライチェーン多様化の流れが後押ししている点も普及を加速させる要因です。
パワーエレクトロニクス分野での性能優位
再生可能エネルギー設備や電気自動車の車載インバータでは、電流を高速で切り替えながらも損失を抑えることが求められます。
GaNデバイスはオン抵抗が低いため、同じ電力を扱う場合でもシリコンに比べ発熱が少なく、冷却機構を簡素化できるメリットがあります。
結果としてモジュールの体積は大幅に圧縮され、機器全体の軽量化にもつながります。
さらに高温環境に強いため、従来なら大掛かりなヒートシンクを装着していたような設計でも、熱対策をシンプルにできるケースが増えています。
高周波・光学デバイスでのブレークスルー
GaNは電子がスムーズに流れやすく、サブミリ波帯でも安定して性能を発揮できる特徴があります。
そのため、基地局アンプや衛星通信、さらには次世代レーダーの送受信モジュールなど、広帯域かつ高出力が不可欠な領域で採用が進んでいます。
また、Micro-LEDや短波長レーザーダイオードの成長基板としても採用され、省電力ディスプレイや高密度ストレージ光源、環境センシングなど、光学系製品にも応用されています。
他基板(Si・SiC・サファイア)との比較ポイント
シリコンは成熟した製造インフラと低コストが強みですが、耐圧と熱的限界が課題です。
シリコンカーバイド(SiC)は高耐圧では優るものの、結晶欠陥由来の歩留まりや加工難度が課題になる場合があります。
サファイアは光学透明性など一部用途でユニークな利点がありますが、電導性デバイスでは限界があります。
その中でGaN基板は「高耐圧」「高周波」「高効率」を高い次元でバランスさせることで、パフォーマンス面で他基板との差別化を実現しています。
GaN基板のメリットと課題
新しい材料が広く使われるようになるには、「性能が高い」だけでは不十分です。
価格は見合っているか、大量生産は本当に可能か、設計上の思わぬ落とし穴はないか――こうしたポイントを総合的にチェックする必要があります。
GaN基板も例外ではありません。
大きなメリットがある一方で、結晶欠陥の低減やウェハを大きくする技術、原料コストのゆれなど、まだ解決すべき課題が残っています。
ここでは、GaN基板のメリットや課題感についてそれぞれ解説します。
GaN基板のメリット(高耐圧・高効率・小型化など)
GaN基板は広いバンドギャップゆえの高絶縁破壊電界を活かし、薄い層厚でも高耐圧を実現できます。
そのため、チップ面積を小さく保ったまま定格電圧を上げられ、結果としてパッケージ全体を縮小できます。
オン抵抗が低くスイッチング損失も抑えられるため、システムレベルでの効率を改善できるでしょう。放熱設計の自由度が高まり、ファンレスや簡易ヒートシンクを採用できるケースもあります。
さらに、高周波領域でも性能が落ちにくいので、電力装置と通信装置の両方で活用できる“汎用性の高さ”も魅力です。
GaN基板のデメリット/技術的ハードル
GaN基板の課題のひとつは、結晶欠陥をいかに抑え込むかです。
GaNは固く脆い反面、歪みが蓄積しやすく、大口径化すると欠陥密度が上昇することが知られています。
また自立GaNウェハは作製コストが高止まりしやすく、GaN-on-SiやGaN-on-SiCでは熱膨張や格子定数のミスマッチが歩留まりに影響を与えることがあります。さらに、比較的ドーピング制御が難しいとされており、設計に特有のノウハウが必要といったハードルもあります。
用途別にみるGaN基板の活用シーン

GaN基板を使ったデバイスは、電力制御や高速通信、さらにはLEDやレーザーといった光技術まで、さまざまな分野で活躍しています。
すでに多くの製品で実用化が進み、その効果も明らかになってきました。ここでは、特に注目されるものを中心にGaNの活用シーンを紹介していきます。
EV・再生可能エネルギー向けパワーデバイス
電気自動車のオンボードチャージャやトラクションインバータでは、小型・軽量・高効率が同時に求められます。GaNデバイスを採用することで冷却システムを簡素化できるため、車載バッテリースペースを拡充しながら、航続距離の延伸を実現しやすくなります。
また太陽光パワーコンディショナや蓄電池システムでは、逆変換ロスが抑えられる分だけ発電効率が底上げされ、発熱源が減ることで屋外設置でもシステム信頼性が向上します。
5G/6G・衛星通信向けRFデバイス
高速で大量のデータをやり取りする5Gや6Gの通信では、基地局に使われるパワーアンプの性能がとても重要です。
GaN-on-SiC基板を使ったトランジスタは、広い周波数帯でもしっかり信号を増幅でき、しかも効率よく動作するため、アンテナの小型化や設置コストの削減につながります。
さらに、衛星通信のように放射線が多い宇宙環境でも、GaNは放射線に強い特性を持っているとされ、長期間にわたって安定して動作できると期待されています。
Micro-LED・レーザーダイオードなど光デバイス
ディスプレイ分野では、高輝度かつ高効率のMicro-LEDが注目されています。
GaN基板は青色や緑色の発光効率が高いとされ、ピクセルサイズを極小化しても十分な輝度の確保が期待できます。
レーザーダイオードでは短波長側の発光が得意で、高密度光ストレージや医療用分析機器の小型化に寄与します。近紫外発光を活かした殺菌・浄化用途も広がりつつあり、衛生・環境分野での応用も期待されています。
宇宙・量子技術ほか先端領域
GaN基板は高温・高放射線環境に強いことから、深宇宙探査機や衛星の電源回路で採用が進んでいます。
たとえば、温度差が激しく放射線も飛び交う宇宙空間では、普通の半導体では劣化が早まる可能性がありますが、GaNは高温にも放射線にも強いため、探査機や人工衛星の電源回路や通信装置などへの応用が期待できます。
また、GaNの上に「量子ドット」などのナノ構造を作ると、1つ1つの光子を制御できる性質が生まれます。これにより、将来的に量子通信や量子暗号のための“単一光子源”として使える可能性があるとも言われています。
GaN基板の製造プロセスと品質管理

GaNウェハが完成して市場に出るまでには、いくつもの専門的な工程を経る必要があります。
まずGaNの結晶を育てる「結晶成長」から始まり、それを薄く切り出す「スライス」、表面をなめらかに整える「研磨」、そして性能や欠陥を調べる「評価」まで、一連のプロセスが続きます。
この中のどこかで問題が起きると、ウェハの品質が下がったり、歩留まり(使える製品の割合)が落ちたりして、コストが大きく跳ね上がってしまいます。
特にGaNのようなワイドバンドギャップ材料は、「非常に硬いのに割れやすい」という難しい性質があるため、丁寧な加工の技術が不可欠です。
ここでは、こうした製造の流れと、品質の確保について紹介していきます。
GaNの結晶成長
HVPE法(ハイドライド気相成長法)
自立GaN基板(GaNだけでできた基板)を作る場合には、「HVPE法(ハイドライド気相成長法)」という方法がよく使われています。これは、塩化ガリウムという気体とアンモニアを高温の炉の中で反応させて、GaNの結晶を素早く厚く育てる方法です。
ただし、成長スピードが速いぶん、結晶の中に欠陥が入りやすく、安定してきれいな結晶をつくるのが難しいという課題があります。
アモノサーマル法
アモノサーマル法は、現在GaN単結晶の中でも高品質な結晶を得られる方法として注目されています。この手法は、超臨界状態のアンモニアにGaNの原料を溶かし、温度差を利用してゆっくりと種結晶の表面に析出・成長させていくものです。
アモノサーマル法は品質面にメリットがありますが、現状ではいくつかの課題もあります。
まず、超高圧に耐える専用の反応容器が必要であり、装置そのものの製造コストが高くなりやすいです。また、成長速度が比較的遅く、効率よく厚膜を育てるための工夫が必要とされます。
フラックス法
フラックス法は、ガリウムとナトリウムを溶融させ(フラックス)、そこに窒素やアンモニアを反応させてGaN結晶を析出させます。
フラックス法のメリットは、高品質な結晶、かつアモノサーマル法より成長速度は速いことが知られています。アモノサーマル法に比べると反応条件も緩めであるため、使用する装置においてもコストメリットがあります。
ただしフラックス法は、アルカリ金属のNaを高温で扱うため発火の危険性があります。そのため安全対策に最新の注意が必要です。
また、「マクロステップ」と呼ばれる、結晶表面の微細な荒れが起こりやすいとされ、成長条件のきめ細かい制御が求められます。
MOCVD法(有機金属気相成長法)
次に、デバイスの性能を左右する「エピタキシャル層(エピ層)」をつくるときには、「MOCVD法(有機金属気相成長法)」という方法が主に使われます。
これは、金属を含むガスとアンモニアを精密にコントロールしながら、原子レベルで薄い膜を何層にも積み重ねていく技術です。ドーピング(不純物を加えて電気的な性質を変える処理)や、多層構造の形成も非常に細かく調整できます。
ウェハ加工・研磨・表面処理フロー
GaNの結晶が育ったあとは、それを「薄くて平らな円盤(ウェハ)」に加工する必要があります。
まず、できあがったGaNの結晶を薄くスライスして「板状」にします。そのあと、表面をざっくり平らにする「ラッピング」、さらに両面からていねいに磨く「両面研磨」といったステップを経て、ウェハの形に仕上げていきます。
GaNはとても硬くて丈夫な反面、割れやすくもあるため、加工には細心の注意が必要です。
表面をなめらかにするためには、「ダイヤモンドの粒子を混ぜた研磨剤(スラリー)」を使って、段階的に丁寧に削っていきます。また、化学薬品と機械の動きを組み合わせた「化学機械研磨」という高度な技術も使われます。
最終的には「エッチング」という仕上げ処理で、原子レベルの細かい段差まで取り除きます。
もしこの時点でゴミや小さなキズが残っていると、その後の製品に不良が出やすくなり、大量の不良品につながってしまいます。そのため、これらの加工工程は、とても清潔な「クリーンルーム」で、ほこり1つにも気を配りながら行われています。
欠陥評価と信頼性試験
GaNウェハの品質を評価するには、表面だけでなく内部の欠陥も詳しく調べる必要があります。
肉眼ではもちろん、光学顕微鏡やX線でも見えないような欠陥を調べるために、カソードルミネッセンス(CL)や時間分解フォトルミネッセンス(TRPL)といった特殊な光学手法も使われます。
これにより、結晶中にどれだけ転位や欠陥があるか、またそれがどの位置に集中しているかを見える化できます。
また、高温・高湿・高電圧といった過酷な条件での加速試験を実施することで、長期間使用した場合のGaNデバイスの信頼性データを取得することも可能です。
GaN基板の市場動向と将来展望
GaN基板をめぐる市場は、技術の進化・政府の支援などが重なり合い拡大しています。大手の半導体企業だけでなく、装置メーカー、材料サプライヤー、ベンチャー企業などが互いに連携し、新しい産業ネットワークを作りつつあります。
世界市場拡大のドライバーと主要プレイヤー
地球温暖化対策として脱炭素を目指す世界的な動きや、クラウドサービスの急速な普及により、電力を効率よく使う技術への関心が高まっています。
こうした背景のもと、GaN基板は省エネ性に優れた次世代材料として注目され、市場拡大の追い風となっています。
この分野には、原材料を扱う企業や、GaN層の成長に特化した専門メーカー、設計から製造までを一貫して行う大手半導体企業、さらには設計のみを行うファブレス企業など、さまざまなプレイヤーが参入しています。
また、独自技術を武器に大手企業に挑むスタートアップの存在感も増しており、業界全体が活気づいています。
大口径化・量産コストダウンへの挑戦
GaNデバイスを本格的に量産するうえで、大きなコスト要因となるのが「ウェハの価格」と「歩留まり(どれだけ無駄なく製品ができるか)」です。
中でも、大口径ウェハは歪みが発生しやすく、それが製造の難しさにつながっています。
この課題に対しては、装置メーカーと材料メーカーが連携し、ウェハの裏面を薄く削る技術や、熱の歪みを和らげるバッファ層の設計など、さまざまな工夫が進められています。
また、自立型GaNウェハでも、結晶を育てるスピードを上げたり、切断時のロスを減らしたりすることで、コストを下げる取り組みがなされています。こうした取り組みにより、GaN基板の量産化に向けたハードルは、改善しつつあると言えるでしょう。
まとめ:GaN基板が切り開く次世代テクノロジー
GaN基板は今、パワーエレクトロニクスや通信インフラ、光デバイス、さらには量子技術など、さまざまな最先端分野で注目を集めています。
これまでの材料では実現が難しかった「高耐圧」「高効率」「高周波対応」といった性能を兼ね備えており、エネルギーの節約や装置の小型・軽量化に大きく貢献しています。
持続可能な社会づくりに向けたキーマテリアルとして、その存在感はますます高まっていると言えるでしょう。
もちろん、完璧な素材というわけではありません。結晶の欠陥をどう抑えるか、大口径化やコストをどう下げるかといった課題はまだ残されていますが、こうした壁を乗り越えるための研究開発や投資が世界中で進んでいます。
いまGaN基板についての理解を深め、それを実際の製品づくりに活かしていくことは、次の技術の波に乗るための大切な一歩になります。本記事がそのヒントや道しるべになれば幸いです。
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