半導体基板の活用ガイド:基礎知識から製造方法・選び方まで徹底解説
2025年5月8日

私たちの身の回りには、スマートフォンや電気自動車、AIを支えるデータセンターなど、ますます高性能化・高機能化が進む電子機器があふれています。
これらの最先端技術を支える材料の一つが、「半導体基板」です。わずか数ミリの薄い基板の中に様々な技術が詰まっており、その品質が最終製品の信頼性やコストに大きく関わっています。
本記事では、半導体基板の基礎知識から製造プロセス、選定のポイントまで幅広く紹介していきます。
半導体基板とは
半導体基板の定義と役割 ― デバイス性能を左右する“土台”
半導体基板とは、シリコンなどの素材を単結晶として育成し、それを薄くスライスして表面をきれいに磨いた“電子部品の土台”です。この基板の上に、トランジスタや回路が作り込まれていきます。
たとえばスマートフォンやパソコンの中枢であるCPU、電気自動車に使われるパワーデバイスなど、あらゆる半導体チップがこの基板の上に成り立っています。
基板の品質は、デバイスの性能や信頼性に直結します。結晶の中に目に見えないような欠陥が多いと、電圧に弱くなったりノイズが増えたりして、正常に動作しないこともあります。
反対に、欠陥を極限まで減らすことで、製造時の不良が減り、チップの性能も安定します。
このように、半導体基板は製品の裏側で静かに、しかし確実に品質と競争力を支えている重要な存在です。半導体メーカーにとっても、製造工場にとっても、そして製品を使う企業にとっても、基板の選定と管理は常に重視される要素となっています。
半導体基板の代表的な材料(シリコン・SiC・GaN ほか)
シリコン(Si)― 半導体の標準素材
シリコンは、現在もっとも広く使われている半導体基板材料です。パソコンやスマートフォンのCPU、家電製品、産業用センサーなど、多くの電子機器に使用されています。
大手メーカーとしては、SUMCO、信越化学、Siltronic、GlobalWafers、SK Siltronなどが挙げられます。
シリコンはさまざまな用途に対応できる優れた素材ですが、高電圧が必要なパワー半導体の分野では限界もあります。たとえば、高電圧領域では電流の漏れや発熱が増えてしまい、電力効率が下がる傾向にあります。
そのため、電気自動車などの分野では、より特性に優れた材料への置き換えが進んでいます。
炭化ケイ素(SiC)― 高耐圧・高温に強い素材
炭化ケイ素(SiC)は、シリコンよりも高い電圧に耐えることができ、熱にも非常に強い素材です。そのため、電気自動車のモーター制御や太陽光発電のインバーターなど、高電力が求められる用途で注目を集めています。これにより、より小さく・軽く・効率的な電力機器が実現可能になります。
ただし、製造には高度な技術が必要です。結晶の育成に時間がかかり、製造中に発生する欠陥も歩留まり(良品率)を下げる原因になります。市場では、さらなる電気自動車の普及に伴って需要が拡大する可能性もあります。
窒化ガリウム(GaN)― 小型・高効率製品向け材料
窒化ガリウム(GaN)は、非常に速くスイッチング(電気のON/OFF)ができる素材として注目されており、特に小型の電源装置や充電器、高周波回路などでの利用が拡大しています。
GaNは電子の動きが速く、寄生容量(電気的なムダ)が少ないため、電力のロスを抑えられます。これにより、発熱が少なく、回路も小型化できるというメリットがあります。
ガリウムヒ素(GaAs)― 高速通信を支える素材
ガリウムヒ素(GaAs)は、電子の動きが非常に速いという特性があり、5Gや衛星通信などの高周波回路に向いている素材です。ただし、ヒ素を含むため、製造には安全管理が求められます。作業環境の整備にもコストがかかる可能性があります。
半導体基板の製造プロセス

インゴット成長
半導体基板は、まず“インゴット”と呼ばれる大きな結晶のかたまりを育てるところから始まります。
- シリコンの場合、もっとも一般的なのが「CZ法」。溶けたシリコンに種結晶をそっと浸してゆっくり引き上げ、円柱状の結晶を作る方法です。より高純度をめざす場合は、「MCZ法」や、ルツボを使わない「FZ法」も使われます。
- 炭化ケイ素(SiC)は非常に高い温度(2000 ℃以上)が必要です。高温でいったん蒸発させたSiCのガスを、種結晶の表面に再びくっつけて成長させます。ただし結晶が伸びる速さはシリコンに比べ遅く、時間もコストもかかります。
- 窒化ガリウム(GaN)は酸素が入らない特別な環境で結晶化。気体だけでなくアンモニアを使う「アモノサーマル法」など、材料に合わせてさまざまな手法が開発されています。
ウェハースライスと鏡面研磨
育てたインゴットは、そのままでは“丸太”のような形です。これをダイヤモンドワイヤソーで薄くスライスし、さらに研磨して鏡のような表面に仕上げます。
シリコンなら通常の研磨で目標の鏡面に到達できますが、硬いSiCはワイヤが早く摩耗し、研磨スラリー(液体)の廃棄も課題になります。そこで注目されているのがプラズマ研磨(PPDE)です。プラズマで表面を少しずつ削るため、化学薬品の使用量を減らせることが期待できます。
エピタキシャル成長
ウェハーが平らになったら、その上にさらに薄い結晶の膜を重ねます。これをエピタキシャル(エピ)成長と呼び、トランジスタなどの性能に直結する重要な工程です。
シリコンでは数分で数マイクロメートルの膜を積めますが、SiCやGaNは成長がゆっくりです。そのぶん温度やガスの流量を細かく制御して、欠陥が入らないようにします。
熱処理と歪み矯正
エピ膜を重ね終えたら、高温での加熱(アニール)で結晶を安定させます。シリコンは瞬間的に高温にする手法や、SiCは窒素ガスを加えてより高温にする手法など、材料ごとに最適な熱処理が選ばれます。
半導体基板の取り扱い上の注意点
半導体基板はとても繊細な素材であり、製造現場ではちょっとしたミスや環境の変化が大きな不良につながることがあります。ここでは、基板を安全かつ確実に取り扱うために注意すべきポイントを紹介します。
クリーンルームでの静電気対策が重要
半導体基板は、目に見えないほど小さなゴミ(微粒子)や、静電気の影響を強く受けます。製造や検査は、クリーンルームと呼ばれる清浄な環境で行われますが、実は気をつけなければいけないのが「静電気放電」です。
人や衣類、樹脂製の部品などにたまった電気が基板に流れると、目に見えないほど小さなダメージを与え、それが後々の故障の原因になることもあります。
そのため、作業員は静電気を帯びにくい専用の服や手袋を着用したり、機械にも放電防止の機能を備えたりします。自動搬送ロボットや保管ケースなどにも「イオナイザー」と呼ばれる装置を使い、静電気と微粒子の付着を同時に抑えています。
専用カセットとやさしい持ち方がカギ
半導体の基板はとても薄く、ガラスのように割れやすい性質があります。特に、シリコンやSiCのような素材は端の部分(エッジ)に力が加わると割れやすく、小さなヒビ(マイクロクラック)が発生することもあります。
これを防ぐため、基板は「ウェハーカセット」と呼ばれる専用ケースに収納します。カセットは柔らかく静電気が起きにくい素材で作られており、できるだけ基板の“ふちだけ”にそっと触れるように設計されています。
また、運ぶときには水平にしたり、交互に重ねたりと、収納方法にも工夫が必要です。使用する設備とのサイズや形の互換性を事前に確認しておくことも重要です。
保管は温度と湿度をしっかり管理
完成した基板は出荷や次の工程まで保管されますが、その際の温度や湿度の管理も非常に大切です。
温湿度の変化が大きいと、基板の表面に水分が付着してシミ(ウォーターマーク)ができたり、素材によっては小さなひび割れが起きやすくなったりします。
保管や輸送の際は、アルミでできた特殊な袋に入れ、内部を窒素ガスで満たしたり、脱酸素剤を同封して酸化を防ぎます。保管庫の床や棚も静電気対策がされており、作業中の放電やほこりを最小限に抑えています。
洗浄工程でも細心の注意が必要
基板は、製造中に付着したごく小さな汚れや金属イオンなどを洗い流す必要がありますが、この洗浄工程でも注意点があります。
たとえば、洗浄後に水分が少しでも残っていると、それが乾く際に結晶化して基板表面にダメージを与えることがあります。また、意図しない欠陥を生まないように、薬品の濃度や処理時間の管理が非常に重要です。
人の手によるミスを防ぐしくみづくり
どんなに注意しても、人の手によるちょっとした操作ミスや取り違いは起こりうるものです。そこで重要なのが「トレーサビリティ(履歴管理)」と「自動化」です。
たとえば、基板の搬送ケースにICタグをつけて、いつ・誰が・どの工程で扱ったかをすべて記録したり、バーコードを印字して追跡できるようになっていたりします。これにより、不良が見つかったときに「どこで何が起きたのか」をすぐにさかのぼって調査できます。
また、AIによる画像検査や、全体を統合管理するシステムと連携させることで、人の判断に頼らずにエラーを防ぐ仕組みもあります。こうした取り組みのおかげで、基板の破損や不良の発生率を減らすことができます。
半導体基板選定のポイント

半導体製品の性能やコスト、さらには信頼性を左右する要素のひとつが、どの「基板材料」を選ぶかという判断です。材料によって性質が大きく異なるため、目的や使われる環境に合わせて最適なものを選ぶことが求められます。
ただし、基板選びは単純な性能比較だけではなく、量産性や価格、将来の拡張性など、さまざまな要素を複合的に考える必要があります。
性能要件とのマッチング
まず大前提として、基板材料は使われる電子機器の条件に応じて選ばれるべきです。特に重視されるのは、動作電圧やスイッチング速度、そして周囲の温度環境といった基本的なパラメータです。
たとえば電気自動車のパワーインバータのように高電圧で高温となる環境では、シリコンでは性能が足りない場合は、炭化ケイ素(SiC)のような耐熱性・耐圧性に優れた材料が必要になります。
逆にスマートフォンの急速充電器のようにコンパクトさと高速動作が求められる用途では、スイッチング損失の少ない窒化ガリウム(GaN)が好まれたりします。
低電圧かつ常温で動作するような一般的な制御回路であれば、シリコンで十分な性能が得られます。
このように、どの材料が最適かは、そのデバイスがどのような条件で動作するかによって決まってきます。設計者は最初にこの「使用環境」を明確にし、それに応じて材料を絞り込んでいくのが大切です。
コストと生産性のバランス
次に重要になるのがコストの視点です。ただし単純に材料の価格だけを見るのではなく、製品が完成するまでにかかるすべてのコストを考慮することが求められます。
たとえば高性能な材料でも、それを使うことで歩留まりが悪くなったり、製造プロセスが複雑化して生産性が落ちたりすると、トータルでは損になることもあります。
炭化ケイ素(SiC)はたしかに高価な素材ですが、同じ性能を得るために必要なチップサイズが小さく済むため、最終的なモジュールのコストが下がるケースもあります。
反対に、たとえば比較的新しい素材の場合は、初期段階での不良で想定よりも歩留まりが悪くなることがあり、その分のコストがかさむ可能性もあります。
このように、価格と性能は一対一で結びつかないため、設計・開発チームは量産までを見通したうえで、最適な材料を選ばなければなりません。
パッケージとの適合性も無視できない
基板は単体で使われるわけではなく、さまざまな部品と組み合わせてモジュールやパッケージとして製品化されます。このとき大きな問題になるのが、異なる材料同士の膨張の違い、つまり熱膨張率の差です。
たとえば基板と配線や封止材の膨張率が大きく異なると、温度変化によって素材が伸び縮みした際に、基板が反ったり、クラックが入ったりするリスクが高まります。こうしたストレスを避けるために、素材同士の組み合わせや設計の工夫が重要になります。
供給の安定性も選定基準のひとつ
技術的に優れている材料であっても、供給が不安定であれば製品づくりに大きなリスクを抱えることになります。とくに近年は、地政学リスクや自然災害、輸出規制など、さまざまな外的要因がサプライチェーンを揺るがしています。
たとえば特定の国や企業に供給を依存している場合、何かあったときに部品が手に入らなくなる可能性があります。
こうしたリスクを避けるためには、複数の供給元を確保しておくことや、生産拠点が分散しているメーカーを選ぶといった対策が必要です。特に新しい材料は、取り扱うメーカーも限られているため、将来の量産化や価格変動にも注意を払う必要があります。
選定時には、カタログスペックだけでなく、こうした「供給の見通し」や「調達リスク」についても十分に確認しておくことが大切です。
まとめ ― 半導体基板を理解することは、未来をつくる一歩
本記事では、半導体基板とは何かという基本から、主要な材料の特性、製造プロセス、取り扱い上の注意点、そして選定時のポイントまで、幅広く解説してきました。
目には見えないほど小さな材料の違いが、製品の完成度や信頼性、さらには社会全体のエネルギー効率や安全性にまで影響を及ぼす――それが半導体基板の世界です。これらの知識を持つことは、単に「ものづくり」に強くなるだけでなく、技術の未来を正しく選び取る力を養うことにもつながります。
これからますます進化するスマートデバイスや電動化技術、そしてAIの社会実装において、基板材料の役割はより一層重要になっていきます。今後の開発や選定、あるいは調達や設計の現場において、今回の情報が少しでもお役に立てば幸いです。
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